Marumaru's TinyPlaza

(2026.02.04)(movie)閃光のハサウェイ キルケーの魔女

『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ キルケーの魔女』


※ネタバレありで書いています。






























かなり面白かった!

いやー、ガンダムを観に行ったと思ったら、壮大なボーイミーツガールだった件。

途中から完全にギギがいつハサウェイとの再会を果たすんだろ?って視点で観てた気がする。そして、そんな展開を期待してた。んで、最後に二人がMS上でキスをしてからのED。ここだけ見ると完全に『愛する二人は幸せなキスをして終了』展開なんだけど、ハサウェイの心が破壊されまくってるから、不穏な未来しか見えない……。

と言うか、ハサウェイが第二次ネオ・ジオン抗争での様々なトラウマの影響もあって、ただでさえ情緒不安定なところにクェスやギギが心を破壊しまくっているっていう。ガンダムの男性陣は魔性の女性に心を乱されまくっている。

しかし、改めて閃光のハサウェイは逆襲のシャアからの派生なんだなと。逆シャア関係のMS、特にνガンダムやα・アジール、そしてクェス等の新規シーンが観られたのが本当に嬉しい。まさか令和になって好きなコンテンツに燃料が投入されるとか思わないじゃない。

そして、派生と言えばブライトさんとミライさん。年を重ねて落ち着いた感じになった二人を見られるなんて。この辺りやアムロ、シャアが出てくると、ガンダムの中でも特に宇宙世紀シリーズの繋がりを感じさせられる。と言うか、この辺りが出てくるまで完全にビバリーヒルズ高校白書でも観ているような感じで、ガンダムを観てる事を完全に忘れてた。

それにしても、本当にギギの魅力で一本の映画を引っ張ったような作りだった。ハサウェイが心を破壊されているのもギギなら仕方ないって思わせる魅力がある。途中でボーカル付きでギギのプロモーションシーンが始まったのも、ギギなら仕方ない。職業、愛人ですって言ってホテルで好き勝手に振舞ってもギギなら仕方ない、むしろ魅力が増してる。

表面上だけを言葉にすると、「ギギという夢見る少女がハサウェイとの再会を願って動き出す話」とも言えるんだけど、そんなに綺麗なもんじゃないよね。だけど、若さや美貌、お金、コネクション、使えるものは何でも使う貪欲さと行動力は素晴らしい。結果、そこまでしてやってる事がハサウェイの心の破壊な訳だけど。

日常描写がとても深く描かれていて、青春映画のように感じられる中で特に印象に残ったのが、ハサウェイとケリアが同室で過ごしている時のケリアの咀嚼音。ハサウェイの心がケリアから離れていて、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いで咀嚼音までも不快に感じている、そしてそんな風になってしまうぐらいに心が病んでいるっていうのを咀嚼音だけで表現してるのがすごい、と言うかこのシーン少しホラーだよね。

同じように、ハサウェイの部屋で風になびくカーテンのリアルさ。綺麗で驚く半面、リアル過ぎてホラーっぽい。やたらと綺麗な水の描写も。この辺りのただただリアルに描かれる様々な描写がハサウェイの剥き出しで尖って、壊れかけている心を表現してるのだなぁ、と。

そんな中で、イラムさんは良い奴だよねぇ。「寂しいと思ってるんじゃないか?(だったかな)」は本当にいいセリフ。冷蔵庫を開けた時に当たり前に用意されていたサンドイッチセットもケリアが用意してくれたもので、これからはもう補充される事はない。槇原敬之の歌詞みたい。

ハサウェイとケリアの関係、経緯とその後をすごく丁寧に描いてあったよね。そんな中での「仕事に行く」→「自分で仕事を作ってるんでしょ」の流れから感じる破局感がもう。髪を切った事にも全く触れないし。あれ?これガンダムだよねって何度も思った。

次に戦闘シーン。話の構成上どうしてもゲリラ戦や奇襲戦が多くて夜間戦闘になるけど、今回はちゃんと識別出来る明るさで良かった。全体的に音がすごく格好よくて印象に残ってる。ファンネルミサイルやバルカン、そして警告音。MS戦というよりはドッグファイトって感じだったから観ていてトップガンが頭を過ったり。

ここから気になったところを箇条書き気味に。

ギギとCAさんのキャットファイトが熱かった。いいぞもっとやれ。この辺り、クェスとナナイを思い出してしまった。ギギがCAさんの耳元で高速詠唱した言葉はなんだったんだろう。多分ネットの人が解析してくれてるだろうから後で調べよう。

と言うか、朝チュンとは言えベッドシーンを描いてるのってガンダムだと割と珍しくない?ぱっと挙がるのがSEEDぐらいなんだけど。

ギギの公衆電話の会話、とても好き。

ギギのホテルでの豪遊、ギギの魅力を描くと共にパトロンの伯爵への愛情表現であり餞別なのかな、とか。

ギギの豪遊と言えば、ギギが作中で着ていた3着のドレス。勝手な想像だけど、それぞれ隣に立つ男の為に選んだんじゃないかな、とか。隣に立つ男が好きな服を、そして男の隣に立つ自分が映えるものを。最初のシックな黒ドレスはパトロンの伯爵の為に、次の赤はケネスの為、そして最後の黄色はハサウェイの為。

日焼け娘が発言込みで好き。

書いていてとりとめが無くなったのでこの辺りで。とにかく思っていた以上に面白かった。なんか全体的に湿度高めな映画だったよね。



(2026.02.12)(movie)閃光のハサウェイ キルケーの魔女(2回目)

『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ キルケーの魔女』(2回目)


※ネタバレありです

























キルケーの魔女、2回目を観てきました。2週目特典のデザインブックがどうしても欲しかったのと、純粋にもう一度ゆっくり観たかったから。

初回は内容や演出を理解しようと必死でしたが、一度観てから各種解説動画を見て理解を深めて再度観るとよりクリアな解像度で観られました。何より堪能することに集中出来て時間があっという間でした。初回は色々気になったり、ともすれば違和感を覚えた様々な演出も、知ってから観れば全体がすごく調和してると感じました。

なんですが、全体が違和感なく、格好よく爽やかに感じられたものだから、その裏に、その後に、確実に待ち受けるであろう地獄の存在が薄まって感じられたのはエグいよなぁ、と。


ここからは考察ではなく、ただの個人の感想、空想です。Twitterだとネタバレになるから書けなかった事を簡単に。こういう時にBlogを作っておいて良かったと私に実感なんだ(クェス調)。


ギギが鳥籠から飛び立つことを決めた時、依り代としてネグリジェを残していくところが本当にエモい。ギギ自体がハサウェイに関係する時計をずっと持ち歩いているからこそ、自分が立ち去る時にネグリジェという残り香を置いて行く行動がエモいと言うか夢見る少女的な行動に感じてしまいます。自分が着ていたネグリジェというのが愛人としての矜持を感じる。

回想シーンでバウンデンウッデン伯爵はネグリジェ姿のギギに後ろから手を這わせ、それに対してギギが嬌声をあげるシーンもありましたから、二人にとって何か特別な意味があるものなのかもしれません。

しかし、バウンデンウッデン伯爵はこれからこのギギが居ない別荘へと訪れ、ギギが自分の為に選んだ家具調度に囲まれ、ギギの残り香がついたネグリジェが残されたベッドで一人、過ごすと考えると少し寂しさがこみ上げます。だけど、他の面倒な親族が居ない、ギギの思い出がけが残る終の宿で、飛び立った青い鳥の事を考えながら余生を過ごすのも、それはそれで幸せなのかもしれない。


ギギがメイスに対して放った早口。その意味について色々と物議を醸しているけれど、何と言うか、おっさんが書いた女性同士のキャットファイトにおっさん達が狂喜乱舞という地獄が……。

それにしても、原作小説が書かれた年代を考えても、この時の富野御大はクリエーターとして脂がのりにのっているなぁ、と。この複雑な心情を一言の台詞とその前後の描写で描き切ってしまうんだから。そして、御大の女性観が歪みまくっていて創作者として最高だと心から思った。

このシーン、メイスも足を組んでCAとしてではなく、一人の女としてギギに戦う姿勢を見せたところでのカウンターを喰らってるっていう構図が面白いよね。ギギが敢えて差し出した頬に放ったビンタはギギだけではなくケネスへも向けられていて、2人への決別になっているのが表現の妙。そして全てを分かった上で面倒事に巻き込まれている事務員さんが本当に不憫で。


ギギがΞガンダムに乗り移る前に言った「私はバウンデンウッデン伯爵縁(ゆかり)の者、よき人質となりましょう」というセリフが好き過ぎる。縁の者という、嘘ではない全方位に気を使った誰も傷つけない、だけど気高い物言い。ギギの魅力が詰まってるなぁ、と。

その後の、『よき人質』という言い回しも頭の中で勝手に『佳き人質』と変換されて、これ完全にギギからハサウェイへのプロポーズじゃん、と思ってしまったり。この後の、「貴方が神になればいい」は1部から引っ張っているテーマの一つですよね。

なんか、ハサウェイは逆シャアでのトラウマで凹んでいる時に知り合った女の子について行ったら、それがカルト教団テロリストのセミナーだったり、ギギはギギで少し夢見がちなところがあって、そんなフワフワしてる危なかしいハサウェイに惚れて全てを投げ出してついて行くわで、ガンダムなんだけどすごく青春小説のような雰囲気を感じます。


この2部の話って、ハサウェイ視点だと以前に出会ったクェスを彷彿とさせる女が忘れられず、こんなんじゃダメだと世俗も肉欲も断ち切ろうとしていたところに、偶然ギギに再会してしまい本能の赴くままに肉欲を開放してしまう訳ですが。

これ、ギギ視点だと伯爵の愛人として暮らしていたところに、ハサウェイという危なかしくも魅力的な男性を知って、全てを投げ出して、全てを使って会いに行く話なんですよね。選択肢を持った状態で自分で考えた結果、やっぱりハサウェイだと選んで、若さに支えられたパッションを使ってキャットファイトに勝って勝利したコネを使って。

ケネスは大佐の地位を自分の努力で手に入れた男、しっかりしていて有能で運も持っている。それでも、逡巡と熟慮の末にフワフワして危ういハサウェイを選んで、大佐の前ではパンツルックだった女の子が、露出の多い丈の短いワンピースを纏って、帽子と日傘と手袋でUV対策ばっちりで男の子のもとに会いに行く。

日の出前に出発した旅は、日の出の後に目当ての人との邂逅を果たし、せっかく用意した当座の生活資金も何もかも捨てて飛び込んでいく。二人は積極的なキスをして日の昇りきった空の下をΞに乗って南下していく。

だけど、昇った日はいつか沈んでしまう。幸か不幸か原作でのハサウェイの結末だけは知っているんですが、ギギの結末は知らないので、自分の意思で鳥籠から飛び立った少し夢見がちなギギという少女の行く末が気になって仕方ないのです。


以上、キルケーの魔女をギギの視点から語った感想でした。1部では見えなかったギギの少女としての部分、クェスと重ねられる事が多い彼女ですが、クェスとは明確に違う一人の少女としての魅力を再確認した2回目の鑑賞でした。



(2026.02.27)(movie)超かぐや姫!

『超かぐや姫!』


ネタバレしてます。















2006年1月末から急にネットで名前を見るようになった作品。Netflix製作で、なんかとても話題になってるらしい。2月に1週間限定で劇場上映するらしい。劇場の着席率が脅威の96%らしい。何ですと!?と思って岡山イオンをチェックしてみたら本当に満席で焦りました。岡山のイオンシネマがこんなに埋まってるのを初めて見たかも。

本当は劇場で観るつもりだったんですが、諸事情からNetflixに加入して観ました。WBC絡みで初月498円だし、同じくNetflix製作の『地面師たち』も観たかったんです。


で、感想ですが、百合+ボカロ+VR空間+FPSゲーム+Vtuber+SF的要素+和風要素みたいな感じで、とにかく楽しそうなものを高密度かつハイスピードで詰め込んだ、まさにボカロ曲のような作品でした。いきなりサビから始まって、ずっとサビ!みたいな。一昔前だと、こういうものの引き合いに出すのはユーロビートだったんですが、ユーロビートよりはボカロ曲だと思いました。物語がハイスピードで走り続けて、色んな要素を取りこんでどんどん変化していく。

そして、流石Netflixが作ってるだけあってお金かかってるなぁ、と。特にVR空間の和風を取り入れつつの煌びやかな世界は劇場クオリティ。VR空間のシーンは劇場で観た方が楽しめたかも。

ボーカル曲が多いのも良い。作品の性質上ライブシーンが何度かあるんだけど、それにしても挿入歌が多くて楽しかった。挿入歌が多いとミュージカル感が出て好き。あと、往年のボカロ曲のリミックスを歌ってくれるのも嬉しい。『メルト』『ワールドイズマイン』を令和になって新しい形で作中で聴けるってのは感慨深いものが。

そんな訳で、電子ドラッグのように駆け抜けた作品なんですが、多少気になるところが無い訳でもないんですよね。主に2点あって、1つはSF要素を入れているのは良いんだけど、後半のかぐや=ヤチヨとなった時の意識の所在はどうなるのか?と言う部分と、その謎に関するネタバレ、8千年の時を巡る部分の展開がちょっと唐突過ぎたところ。SFではなくてSF要素と書いた理由。実は途中までヤチヨ=母親かと思っていました(気まぐれオレンジロードネタもあって)。

2つ目は、かぐやが彩葉の家に押し掛けた時の振る舞いに対して。そもそもバイトで学費を稼いでいる一人暮らしの部屋に、もう一人転がり込む余力なんて色んな意味で無いはずなんです。それに、勝手に転がり込んで彩葉のMP(MoneyPoint)を無断でガリガリと削る振る舞いに対して、無邪気な可愛さを通り越して嫌悪感を抱いてしまいました。せっかく買った赤ちゃん用品も一晩で使えなくなるしさ……。

それに、かぐやがVtuberとして活躍しだした後も、何だかんだで彩葉頼みでただでさえいっぱいいっぱいの彩葉の生活を圧迫して、結果的には倒れてしまう。これは百合とか笑えるとかいうシーンではなく、あまりにも身勝手なかぐやに対して少し立腹していました。なんか、この歳になるとエナドリ飲みまくって睡眠時間を削ってっていう描写が、頑張ってるではなくてただただ心配になってきます。

これは別に気になった部分ではないんですが、音楽系の作品って誰が曲を作れるかっていうのが割とポイントだと思うんですが、この作品は彩葉をオールマイティーキャラにすることで全部解決してるっていう勢いの良さ。本人がピアノを弾けてDTMもやっていて曲のストックがあれば、そりゃ話が早いなと。

そもそも、この映画って対象としている視聴者が若い世代で、物語のテンポや仕草や様々なものが想定視聴者層に向けて最適化されていると思うんです。具体的には、かぐやと彩葉を取り巻く物語を、過去の青春の物語ではなく、激しく毎日を駆け抜けている現状、まさに今!に重ねて感じられて観られる人に刺さる話なんだと思います。だから、年ばかり重ねた面倒なおっさんがあれやこれや講釈をたれるのは、その時点で違うと思うんです。

だけど、自分のBlogだから好きにおっさん語りさせて。そして、おっさんホイホイな部分に関しては、EDにバンプの『ray』のカバーを持って来てくれた時点でもう何も言えない。

とにかく熱量と資金と疾走感を全部ぶち込んだ作品でした。言いたい事はあるし言ったけど、最後を『ray』で締めてくれたなら「ま…まああんたほどの実力者がそういうのなら……」状態です。

旬の時期に観られて良かった。かぐやのラストライブの衣装がとても素敵だった。

p.s 後半の、彩葉がヤチヨ……もといフシの部屋に行くシーン、森博嗣『有限と微小のパン』のワンシーンを思い出しました。VR空間モノは凄く好きです。しかし、コンタクト型のVRデバイスは色々と危なそう。せめてSAO劇場版OSのオーグマーのようにARデバイスだったらまだ分かるんですが。




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